佐藤海人インタビュー集②「KIメソッドとの出会い」

最終更新: 8月26日

サピエンシスボディケアの代表、佐藤海人がオレゴン州立大学でKIメソッドをどのように身に付けたかをお届けします。


第二弾の今回は、オレゴン州立大学で初めてKIメソッドに出会った時のことをお届けします。聞き手は、ご自身もKIメソッド、ボディートーク両方の施術を受けてくださっている、テレビプロデューサーの林祐輔さんです。


2005年夏初めてオレゴンの地を踏み入れて迷子になりながらも見つけた目的地であったPortland Union Station



Q1.なぜ、佐藤さんはオレゴン州立大学に行こうと思われたのですか?

高校生の時に、女性初&日本人初のNFLトレーナーである磯有理子さんに関する記事を、

父が教えてくれたのですが、私も高校生の時にヘルニアを患っていたので、この記事を読んで、この分野をきちんと勉強するにはアメリカに行った方がいいと思ったのです。

この時は勢いでNFL・JAPANに連絡して、磯さんの連絡先を教えてもらって、相談に乗ってもらい、磯さんの母校であるオレゴン州立大学を薦めていただきました。


オレゴン州立大学のBeaversアメフトチームにて実習として配属。最後のホームゲームで頂いた記念品。卒業時に選手たちにサインを書いてもらったボール、後に父にプレゼント



Q2.オレゴン州立大学の学びの中では、やはりアスレチック・トレーナーに興味があったということでしょうか。

はい。アスレチック・トレーナーの仕事というのは、選手がケガをしたら病院に搬送し、ドクターが検査・診断した上で、選手のリハビリテーションについて、アスレチック・トレーナーとドクターが協議してリハビリ・プランを立て、選手が出来るだけ早く安全に現場に復帰できるようにサポートすることです。



Q3.現在、日本ではトレーナーとドクターが完全に分かれていて、別々に選手に対応していますが、その部分が融合されていて、お互いに補完しあって選手の環境を高めていくということですね。

それがまさに準医療国家資格であるアスレチック・トレーナーの仕事ということです。アスレチック・トレーナーは、大学や高等学校でも配置が義務付けられています。これは日本にはないシステムです。



Q4.そのアスレチック・トレーナーの実習施設にギドーさんがいて、彼が開発したメソッドが“キネティック・インテグレーションズ”だったということですね。

アスレチック・トレーナーの概念はなんとなく理解はできるのですが、キネティック・インテグレーションズというと、なかなかイメージするのが難しいのですが、佐藤さんはなぜこのメソッドに着目したのでしょうか。その魅力はどんなところでしょうか。

アスレチック・トレーナーは、肩をケガすれば肩のスクリーニングを行い、どの可動域が制限されているかといった評価を行い、そこだけに注力することになります。しかし、ギドーのやり方は、痛みのある部位が悪いのではなく、痛みの原因となっている部分にアプローチしているように見えたことです。ギドーは、心理学、行動心理学、神経学など様々な分野を学び、MLBで応用・実践してきたことから、彼のメソッドや考え方にとても共感できました。自分自身がケガをした経験があったということもあります。あまり深くは考えずに、このメソッドを学べば、自分の腰もよくなると思って習い始めました。



Q5.ギドーさんのメソッドは、身体全体のインテグレーション、統合ということですね。

その時には、インテグレーション、つまり「統合」の概念もよくわかっていませんでした。かえって先入観を持たずに、謙虚な気持ちで学ぶことが出来たのが、よかったのだと思います。



Q6.よくわからないままで始めたということですが、学ぶ過程でキネティック・インテグレーションズについて理解が深まって来た時に、どんなところが凄いと思ったのでしょうか。

自分は勉強しているのに、自分自身が全く出来ていない、身体がボロボロだと認識したことです。これは自分の身体を通して実体化しなければいけないという、使命感のようなものを感じて、自分の身体を実験台にして勉強しました。



Q7.先ほど、股関節に痛みのあるお客様の事例をお聞きしましたが、学んでいく中で、自分の身体の部位に対する意識の変化や気づきのようなものはありましたか。

たくさんありました。そもそもケガをしたことで、股関節と肩甲骨が全く動きませんでした。一般的には、肩甲骨や股関節の動きは自分でも確認出来ると思いますが、腰があまりにも痛すぎて、前屈をするにも股関節が動かないので、背中から丸まるしか出来ませんでした。腕を上げようとしても、肩甲骨が動かないので肩がすくんだ状態で腕を上げることになっていました。このように股関節も肩甲骨も全く動かないわけで、自分の身体がいかにボロボロかを痛感しました。



Q8.佐藤さんの身体の状態を見て、ギドーさんから具体的な指導はあったのでしょうか。

手取り足取り優しく教えてはくれませんでした。これまで学んできて考え方はわかっているのだから、自分で探求するようにと言われました。自分の身体で内観しなさいということです。その後、しばらくはギドーのもとで、ギドーがいろいろな方に対応しているのを見て、メモをとって勉強しました。大学卒業と同時にアスレチック・トレーナーの国家資格を取得し、ギドーの紹介でマイナー・リーグの選手のリハビリを担当しました。手術後の選手のリハビリなのですが、ギドーの指示のもと、私の応用力を試される感じで、リハビリ・メニューを作成していました。これに携わった期間は、約4か月ほどでした。


その頃、西洋的な概念も魅力的でしたが、東洋のことも勉強したいと思い、アメリカでの大学院進学を考えたのですが、VISAや学費面の問題から断念し、日本に帰国しました。

9.11以降はVISAの発行も厳しくなったので、日本に帰った方がいいと思ったのです。

帰国後、専門学校を探すと同時に丸の内の求人を見かけて、応募したところ採用され、重宝され、よい職場なので今でも続いているということです。



>>次号ではSapiensis Body Care の誕生と東洋医学とボディートークとの出会いについてお届けします!



>>前回のインタビューはこちら



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